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/ メッセージ

私たちは、食品成分や食品に用いられる有用菌が生体に与える作用について、線虫C. elegansをモデルとした研究を行っています。センチュウと聞くとヒトとはかけ離れた存在のように感じられるかもしれませんが、ヒト遺伝子の約60-70%は線虫にもあります。そして実は数々のノーベル賞研究に貢献してきた生き物なのです。哺乳動物などに比べて簡単に飼育できる線虫は、代替モデル動物として食品産業界においても注目されはじめています。一緒に研究してみませんか?

教授

中台(鹿毛)枝里子


C. ELEGANS

/ 線虫から学ぶ

小さな虫、線虫C. elegansから学ぶこと

線虫のこと、私たちの研究のことをまとめた記事です。

 

はじめに

高齢化が進む今、健康寿命の延伸は重要な課題です。私たちは、老化に伴う生体機能低下の緩和を目指し、線虫C. elegansをモデルとして研究に取り組んでいます。センチュウ、というとしばしば、「お腹の中に寄生するやつですか?」「そんなので何がわかるのでしょうか?」と聞かれます。「お腹の中に寄生するか?」については「いいえ、土の中などに住んでいて、菌を食べて生きています」と答えます。「何がわかるのか」については少し長くなります。実は数々のノーベル賞研究に貢献してきた花形のモデル生物なのですが、食品科学や栄養学などの分野ではまだまだ異端児のようですし、生活科学、という文理融合の場所では言わずもがなです。そこでまずは線虫の輝かしい経歴とそれを生み出すにふさわしい様々な特徴について、続いて私たちの研究について、できるだけ分かりやすいように心がけながらご紹介いたします。

 

線虫の略歴

ここでいう線虫の本名(学名)はCaenorhabditis elegans (シノラブダイティス・エレガンス)です。イギリスのブリストルという町に生まれました。正確には、ブリストルで採取された1匹の線虫の子孫たちが、まずはシドニー・ブレナー博士によって、今では世界中の研究室で飼育・保存され、野生型Bristol N2として用いられています。他にはハワイ生まれのCB4856などもいます。ちなみにブレナー博士は、ロバート・ホービッツ博士、ジョン・サルストン博士とともに「器官発生とプログラム細胞死」に関する研究功績によって2002年ノーベル医学・生理学賞を受賞しています。線虫は胚から成虫に至るまで体がほぼ透明であるため、細胞が分裂したり、プログラム細胞死により消失したりする様子を生きたままつぶさに観察することができるのです。また遺伝子変異体を作製したり、変異の場所を特定したり、外から遺伝子を導入したりする遺伝学的な手法が早くから発達していました。これらの特徴は、後にマーティン・チャルフィー博士がオワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)を生きた線虫個体に発現させることに成功し、ノーベル化学賞(2008年、下村博士らとの3名共同)を受賞したことにも繋がっています。特定の遺伝子の機能を低下させたいときに使うRNA干渉は今では生命科学研究に欠かせない技術ですが、線虫を使ってそのメカニズムを明らかにしたアンドリュー・ファイア博士とクレイグ・メロ博士は2006年にノーベル医学・生理学賞を受賞しています。

 

線虫の一生

さて、線虫C. elegans の身長(体長)は成虫でも1 mm、体細胞は1,000 個ほどしかありません。こんな小さな虫ですが、神経系、筋、消化管、表皮、生殖器など基本的な組織、器官をそなえており、ヒト遺伝子の約60〜70%は線虫も共通して持っています。記憶や学習だってできるのです。したがって、「何がわかるのか」という問いに対しては「ヒトのことがわかる」と答えてもあながちウソではないと思って頂けるでしょう。ただ線虫に骨などはありませんから、もちろんわからないことも沢山あります。線虫は基本的には雌雄同体で生育します。すなわち、1個体中に精子と卵子を形成し、受精がおこります。これは数あるモデル生物の中でもめずらしい特徴でしょう。1匹の雌雄同体につき200〜300個の受精卵を産むので、その増え方はねずみ算どころではありません。約1千匹に1匹は雄として生まれ、雌雄同体と雄は交配が可能です。このことは交配を基本とする古典的な遺伝学の手法を用いる際に非常に重要なポイントです。受精卵から生殖能力の成熟した成虫になるまでには、25℃での飼育で約2日半しかかからず、寿命は約2〜3週間です。このライフサイクルや寿命の短さは研究上の大きなメリットの一つです。例えば、とある因子が寿命にどのような影響を与えるかを知るために、ヒトの寿命をはかろうと思ったら研究者の方が先に死んでしまうかもしれません。一般的によく用いられる実験動物であるマウスでも数年かかります。たった2〜3週間でその一生を追跡することができる線虫は寿命や老化に関する研究のモデルにぴったりなのです。

 

研究室内での線虫

前述のように線虫C. elegansは非寄生性、細菌食性であり、自然界では土壌や地面に落ちて腐った果物などの中で生活しますが、実験室では大腸菌を餌として容易に飼育できます。具体的には、大腸菌を寒天培地に培養し、その上に線虫を這わせておきます。線虫の飼育には最低限、インキュベータと植え継ぎや観察用の実体顕微鏡があればよいので、比較的簡単に実験を行うことができます。また線虫は凍結保存が可能です。必要になったら自然解凍すればよく、早いものでは数十分後には動き始めているので、いつも感心してしまいます。さて、哺乳類の培養細胞などで行うRNA干渉では、siRNA(small interfering RNA)を用いますが、線虫では長い二本鎖RNA を用いるのが特徴です。また、他の生物との最も大きな違いは、RNA干渉が組織、細胞間を伝播するsystemic RNAi というメカニズムの存在でしょう。つまり線虫では、ある組織や細胞にdsRNAを導入できれば、全身性のRNA干渉効果が得られるのです。最もよく用いられるのはフィーディング法という手法です。目的の遺伝子の配列の一部をdsRNAとして発現するベクターを導入しておいた大腸菌を餌として与えるだけで、線虫個体にRNA干渉を誘発できるというものです。大腸菌を餌として食べ、全身性RNA干渉が起こる線虫ならではの手法と言えます。

 

私たちの研究のご紹介
〜抗老化作用を有する食品因子の探索と作用機序の解析〜

健康長寿は多くの人が望むところでしょう。今のところ、健康長寿のゴールデンスタンダードは、食餌制限(カロリー制限)です。ただしこれは未だ動物実験レベルの話なので、くれぐれも安易にカロリー制限などをしないでください。線虫はもちろん、ヒト以外の動物を用いた実験は、ヒトの理解を目指してはいても、あくまでもごく基礎的な共通項の部分を理解しようとするものです。そのまま当てはまるものでは決してないということをあえて強調しておきます。線虫(単細胞生物も含めれば酵母)からサルにいたるまで、食餌制限(カロリー制限)により寿命が延びることが示されています3,4)。食餌制限(カロリー制限)による長寿を制御する生体内経路として、インスリン/IGF-1経路、AMPK(いわゆるエネルギーセンサー)経路、サーチュイン(いわゆる長寿遺伝子)経路、TOR(いわゆる栄養環境センサー)経路が知られています。私たちは、ゴマに含まれるリグナン類の1つであるセサミンが線虫の寿命を延伸することを報告していましたが4)、最近、この寿命延伸効果が食餌制限(カロリー制限)時にはたらく経路を介して発揮されることを明らかにしました5)。少し詳細に説明すると、まずセサミンによって発現変動する遺伝子を網羅的に抽出し、セサミンの長寿効果に関わる可能性のある候補遺伝子についてノックアウト線虫やRNA干渉による解析を進めました。その結果、食餌制限(カロリー制限)時にはたらく生体内経路の主要な遺伝子をノックアウトしたりRNA干渉により抑制したりした場合に、セサミンの長寿効果が消失することを見出しました。つまり、セサミンは、生体内をあたかも食餌制限のような状態にすることにより長寿効果を発揮している可能性があります。しかも通常の食餌制限では、成長遅延や妊孕性の低下などの弊害を伴うのですが、セサミン給餌ではこれらの現象はみとめられませんでした。以上の研究は、それぞれ担当の大学院生(前期博士課程)が、周囲の協力を得ながらも大部分の実験を一人で進め、得られた成果です。モデルとして効率の良い線虫を用いているとはいえ、その努力は相当なものです。ここに改めて敬意を表します。

 

おわりに

私たちは、予想を裏切る線虫の行動に驚いたり、思ってもみないようなものが抗老化作用を有していることを発見したりして、日々わくわくしながら研究を進めています。研究の主体は学生自身、ディスカッションを行いながら、一人一人がテーマを持って研究を行っています。ここのところ、線虫をはじめとする“下等な”モデル生物において抗老化作用、寿命延伸作用がみとめられた化合物などが次々と臨床試験入りしています(ヒトでの試験が始まっています)。私たちの研究も、将来のヒトの健康長寿や生活の質の向上に少しでも貢献できるように、まずは地道に着実に研究を進めていきたいと思います。

 

引用文献

1) Kage-Nakadai et al. 2014 Methods
2) Fontana et al. 2010 Science
3) Mattison et al. 2016 Nat. Commun.
4) Yaguchi et al. 2014 Eur. J. Nutr.
5) Nakatani et al. 2017 Eur. J. Nutr.